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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)7627号 判決

原告 吉川又平

被告 興国鋼線株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、被告は原告に対し別紙<省略>第一目録記載の土地上に存する別紙第二目録記載の建物を収去して右第載の土地を明渡し、且つ昭和二十六年十一月十六日以降右土地明渡済に至るまで一カ月金三万八一目録記千四百三十四円八十銭の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和十九年四月一日被告に対し別紙第一目録記載の土地を、工場用の堅固ならざる建物所有の目的で、期間は二十年賃料は一カ月につき坪当り金三十銭(但し昭和二十五年八月分から金五円五十銭に値上げされていた)、被告は賃貸人たる原告の書面による承諾がなければ土地の掘鑿、土砂の搬出、地形地質の変更等苟くも右土地の原状に変更を生ずべき行為をすることができないこと、もし被告が右約定に違反したときは原告は催告を要せずしてこの契約を解除しうる約で賃貸した。被告は右土地上に別紙第二目録記載の建物を所有し、これを工場及び事務所として使用して来たが、昭和二十六年十月十六日以来原告の承諾がないにも拘らず右地内において訴外江東天然瓦斯工業株式会社(以下訴外会社という)に対し天然瓦斯採取用の鑿井工事を許容し、前記の別紙第一目録の土地中東京都江東区亀戸町九丁目百五十五番地の宅地百十二坪二勺中一坪、同所百六十番地の宅地四十二坪六合八勺中十七坪五合、同所百六十一番地ノ一宅地百五十七坪九合中十二坪五合(以上合計三十二坪)を使用して同所に口径六吋深さ七一〇米の坑井を作り、これに引抜鋼管を挿入し、直径二、五米高さ一三米の鉄製分離器一基、直径二〇五米高さ一〇米の鉄製貯瓦斯タンク一基、木造トタン葺平家一棟建坪三坪の空気圧縮機室を設置し、空気圧縮機十五馬力一台、電動機十五馬力一台を備付け、コンクリート製巾二尺長さ七、八間の排水溝を作り、直径三米深さ一米の円型貯水池を設けその周辺三米を約一尺地盛して本件土地の原状を変更したのみならず右鑿井工事により多量の地下水が常時不断に湧出し、そのためその附近の地盤の沈下をますもので、その影響は借地全体に及びこの点からするも、本件土地の原状に変更を加えるもので、被告の右の行為は右契約に違背するので、原告は右契約中の、被告が右土地の原状に変更を生ずべき行為をなさない義務に違背したときは原告は催告を要せずして契約解除しうる旨の条項に従い、昭和二十六年十一月十四日被告に対し右賃貸借解除の意思表示をなし、この意思表示は同月十五日被告に到達したので原被告間の前記賃貸借は解除により終了したものである。そこで被告はその地上に所有する別紙第二目録記載の建物を収去し、別紙第一目録記載の右の土地を原告に明渡し、且つ右賃貸借解除後である昭和二十六年十一月十六日から右の土地明渡済に至るまで一カ月につき坪当り金二十円(従つて一カ月につき合計金三万八千四百三十円八十銭)の割合による賃料相当の損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、

かりに右の主張が理由がないとしても、前記のように被告は原告から賃借した本件土地中前記記載の部分(三十二坪)を原告の承諾なくして無断で訴外会社をして使用させ瓦斯坑の掘鑿を許容しているから、本件土地の賃貸人たる原告は被告に対し本訴において右賃貸借契約解除の意思表示をなすものであると述べ、

被告の抗弁に対し、抗弁(1) 、(2) 及び(4) の事実は何れも否認し、抗弁(3) の事実中原告は被告から昭和二十七年一月十四日及び同年五月二十四日頃それぞれ金六万三千四百十七円四十二銭を受領したことは認めるが、その余の事実は否認すると述べた。<立証省略>

被告は主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、被告は昭和十九年四月一日原告から別紙第一目録記載の土地を工場用の堅固ならざる建物所有の目的で期間は二十年、賃料は一カ月につき坪当り三十銭(但し昭和二十五年八月分から五円五十銭に値上げされた)の約で賃借したこと、被告は賃貸人たる原告の書面による承諾がなければ土地の掘鑿、土砂の搬出、地形地質の変更等いやしくも右土地の原状に変更を生ずべき行為をすることができず、もし被告がこの約定に違背したときは原告は催告を要せずしてこの契約を解除しうる旨契約書に記載されていること、被告は右地上に別紙第二目録記載の建物を所有し、これを工場及び事務所として使用して来たこと、被告は右土地内において訴外会社に対し天然瓦斯採取用の鑿井工事をすることを許容したこと、原告は昭和二十六年十一月十四日被告に対し右賃貸借解除の意思表示をなしその意思表示は翌十五日被告に到達したことは認め、その余の事実は否認し、本件瓦斯井は六吋の鉄管を地中に挿入したのみでこの瓦斯井戸を廃止し原状に戻すためには鉄管の口にコンクリートを詰めれば足りるから本件瓦斯井を掘鑿したことは土地の原状に変更を加えたものではないと述べ、

抗弁として(1) かりに原告本人は被告に対し本件瓦斯井の掘鑿について承諾を与えなかつたとしても、被告は訴外会社に対し右鑿井の工事をさせるについては原告の代理人訴外泉芳政の承諾を得ていた。

(2) かりに右泉芳政が右の承諾をなすについて原告の代理人でなかつたとしても、同人は本件土地の管理及び売買処分については原告の代理人であつて、被告は同人に対し本件天然瓦斯井掘鑿の事情を述べてその承諾を求めた際同人はその承諾をなすについて代理権を有しない旨告げることもなく、却つて被告に対し本件瓦斯井掘鑿場所現場見取図を貰いたい旨申出たもので、被告は同人が原告の代理人であると信ずるについて正当の理由ある場合であるから、結局同人は民法第百十条により原告の代理人とみるべきものでその承諾は原告の承諾として有効である。

(3) かりに原告の主張のように本件賃貸借が昭和二十六年十一月十五日解除により終了したとしても、被告は原告主張の賃貸借解除の意思表示の後である昭和二十六年十二月分から同二十七年五月分までの本件土地の地代合計六万三千四百十七円四十二銭を昭和二十七年一月十四日、同年六月分から同年十一月分までの本件土地の地代六万三千四百十七円四十二銭を同年五月二十四日に原告に送付したところ原告は異議なくこれを受領しているから、原告はその解除の意思表示を取消し本件賃貸借を継続しているものである。

(4) 被告が本件土地中、訴外会社に使用せしめている部分は極めて僅少の部分であり、しかも天然瓦斯採取のための瓦斯井の寿命は三年ないし五年位の短期間のものにすぎないから被告が天然瓦斯採取のため本件土地の一部を訴外会社に使用せしめたからといつて、賃貸人たる原告に対しその信頼を裏切るものではなく、原告主張の本件賃貸借解除の意思表示は権利の濫用で無効であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告は昭和十九年四月一日被告に対し別紙第一目録記載の土地を工場の堅固ならざる建物所有の目的で、期間は二十年賃料は一カ月につき坪当り金三十銭(但し昭和二十五年八月分から金五円五十銭に値上げ)の約で賃貸したことは当事者間に争なく、成立に争ない甲第一号証、原告本人訊問の結果によれば右賃貸借契約には、被告は賃貸人たる原告の書面による承諾がなければ土地の掘鑿、土砂の搬出、地形地質の変更等苟くも右土地の原状に変更を生ずべき行為をすることができないこと、もし被告が右約定に違反したときは原告は催告を要せずして右賃貸借を解除しうる旨の附帯契約がなされたことが認められる(但しこの附帯契約が契約書に記載されていたことは前記事実摘示に記載のように被告も認めている)。ところで、被告は右地上に別紙第一目録記載の建物を所有し、これを工場及び事務所として使用して来たこと、被告は昭和二十六年十月十六日以降右土地内において訴外会社に対し天然瓦斯採取用の鑿井工事をすることを許容したことは当事者間に争ない。検証の結果、証人染野輝三、原玉重、金原均二の各証言及び同証言(但し金原均二の証言を除く)により真正に成立したと認められる乙第一号証ノ一、二、成立に争ない甲第二号証の一、同第三号証ノ一、同第十号証によれば被告と訴外会社との間に昭和二十六年九月頃から交渉が進められ、同年十月中頃訴外会社が右土地内で天然瓦斯を採取し、これを被告に売渡すべき契約が右両名間に於て締結され、訴外会社は約八百万円の費用を投じて本件土地内に深さ約七百十米の天然瓦斯採取用の井戸を掘鑿しこれに口径六吋位のパイプを挿入し、地上にはこのパイプにより地中から汲上げた天然瓦斯を含んだ温水から天然瓦斯を分離する為の設備、タンク等を設け、これらの設備は同年末頃完成し、一日につき約千立方米の天然瓦斯を採取していることが認められる。そこでこのような天然瓦斯採取に当り本件土地の原状の変更が加えられたか否かについて検討してみるのに、前記各証言によれば、右瓦斯井を掘鑿しパイプを地中に挿入しても右地上にはその先端が出ているに過ぎないことが認められるほか、前記認定のように汲上げた天然瓦斯を含んだ水から瓦斯を分離するための設備及びこれに附属する若干の工作物が設けられているに過ぎず、証人金原均二の証言によれば、本件天然瓦斯井は鉄管を地中に挿入するものでその井戸の寿命は、地下水は涸れることがないけれども右の鉄管が腐蝕すると地下水の汲上げが不能になるので結局瓦斯井の寿命は鉄管の寿命に左右されるが、鉄管の腐蝕は場所により異なり、早いものは一年半、長くとも五、六年平均して二年乃至二年半位で腐蝕するので、本件瓦斯井も概ね二年半乃至三年位の寿命に過ぎないものであること、右瓦斯井が廃鉱になつたときの処置についてはその孔口に粘土又はセメントをいれて置けばその地形は鑿井前の原状に復することが認められるので右の各事実によつては未だ本件土地の掘鑿又は地形の変更を看取しうるに足りる程度の変更が加えられたものということはできない。そこで進んで右の瓦斯採取が地盤そのものに対し如何なる影響を与えるものかを検討しなければならない。証人金原均二、岡厳一、宮部直巳の各証言を綜合すれば、本件天然瓦斯井戸は昭和二十六年十月頃地下七百十米位まで掘鑿され、この井戸によつてメタン瓦斯九十五パーセント位を含む天然瓦斯の溶け込んでいる地下水を汲上げ、これより右天然瓦斯を分離してこれを採取するものであること、地下水には地表に近い、浅い所を流れているものと、地表から深い所を流れているものとあり、地表に近い地下水を汲上げることによつてその部分の地盤が沈下するという学説が従来から存在しているが、本件で汲上げられる地下水は地表から七百米位深い所に存在する地下水で、これを汲上げることにより、その地盤の沈下を来たすものであるかどうかについて学者による調査研究はなされているけれども、未だ結論は出されていないこと、しかしながら現在に至るまでの右調査研究において厳密な理論上は地表から深い所の地下水を汲上げることが地盤の沈下に対し全く影響を与えないとはいい難いが、たゞその地盤の沈下が極めて微少なもので人類の実生活においてとるに足らないものであれば、地盤沈下に影響を及ぼさないものとみることができること、そして地表から深い所の地下水を汲上げることによる地盤沈下が微少なものであるかどうか、従つてそれは人類の実生活にとつてとるに足りないものであるかどうかの調査は長期の実験観測を必要とするからたやすくは結論に到達し難いこと、のみならず地盤の沈下は特に都市に於て重要な問題であるが、本件瓦斯井戸による地下水の汲上げのように地表から深い地下水の汲上げが行われる場合には概ねその附近において地表から浅い地下水の汲上げも亦行われているので、その地盤の沈下があつた場合にそれは浅い地下水の汲上げのみの影響によるものか、或は深い地下水の汲上げの影響も加わつているものか判明せず、かりに後者の影響も競合して加わつているとしてもその影響が加わる割合は如何様であるかは右の調査研究を複雑なものとして居り、深い地下水の汲上げが、人類の実生活にとつてとるに足りないものとはいえない程大なる地盤の沈下を招来するような影響を与えているかどうか未だ判明はしていないので、以上の理由から深い地下水を汲上げる本件天然瓦斯井戸の地下水の汲上げは本件土地の地盤を沈下せしめるものであるとは未だ積極的に結論し難いことが認められ、本件地下水の汲上げが本件の地盤の沈下を招くことを認めるに足りる証拠は他に存在しない。尤も証人宮部直巳の証言中、右調査研究の結果、かりに天然瓦斯井戸による深い地下水の採取が地盤の沈下に大なる影響を及ぼすことが判明したときはその地盤は回復し難い状態にまで沈下している状況に立至つているかも知れない旨の証言があるが、前記のように現在までの調査研究の結果ではそのような地盤沈下に対する影響の有無自体が証明されていないこと前記認定の如くであるから、右認定を覆すには足りないので、本件天然瓦斯井戸の掘鑿及び地下水の汲上げは未だ、本件土地の地盤沈下ありとしてもその原因の確証とはいい難い。そこで以上の事実を綜合すれば、本件瓦斯井戸の掘鑿は前記認定のように土地の外形に回復し難い変更を加えるものでもなくまた地盤そのものに変更を加えるものであるともいえないから、未だ被告には原告主張のような契約上の義務違反を生ずるものとはいえない。そこで被告の各抗弁について検討するまでもなく原告の、契約違反に基く請求は理由がない。

そこで進んで無断転貸を理由とする原告の主張について判断する。前記のように原告は被告に対し別紙第一目録記載の土地を賃貸し、被告はその地上に別紙第二目録記載の建物を所有してその敷地を使用して来たこと、被告は昭和二十六年十月十六日以降右土地内において訴外会社に対し天然瓦斯採取用の鑿井工事をすることを許容したことは当事者間に争なく、訴外会社が本件土地を使用して天然瓦斯を採取したことは前掲の各事実に徴して明らかであるところ、証人泉芳政、原玉重、染野輝三の各証言、原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は本件土地内において訴外会社をして天然瓦斯を採取せしめることについて被告に対し承諾を与えた事実を認めることができないし、また泉芳政が原告に代つて被告に対し右の承諾を与えた事実を認めることができない(証人原玉重、染野輝三の各証言中これらの事実に反する部分は採用しない)ので、泉芳政が原告の代理人なりや否や又は原告の代理人であると被告をして信ぜしめるに足りる正当な事由があつたかどうかの事実について検討するまでもなく抗弁(1) 及び(2) は理由がなく、結局被告は本件土地を、その貸主たる原告の承諾なくして訴外会社をして使用せしめたものであるところ、原告が昭和二十六年十一月十四日被告に対し右賃貸借解除の意思表示をなし、その意思表示は翌十五日被告に到達したことは当事者間に争ない。しかし前掲の事実により明らかなように原告は被告に対し本件土地を工場用の建物所有の目的で賃貸してその使用収益に委せ、被告は現にその地上に工場の設備を有して操業しているものであるからかりにその建物を収去してその敷地を明渡すことになれば、これにより被告の企業は破壊されて不利益を受けるにとどまらず、建物及び機械その他の諸設備が有機的に結合して一つの企業として成立つているものが破壊されることは、社会経済的にみて莫大な損害を招くものといはなければならず、原告としてもそのような結果の発生は極力避けるべき義務のあることは条理上からも当然である。このことは原告側においてどうしても本件の建物を収去してその敷地の明渡を求めなければならないよんどころない理由がある場合ならば格別、原告にそのような理由のあることを認めるに足りる証拠はない。他面被告としてはその借地を賃貸借の目的の範囲内で使用収益すべき義務あること勿論であるが、前記認定のように訴外会社の本件天然井戸掘鑿は土地の状態に変更を加えるものでなく、かつその井戸の寿命も僅々三年位のものであるから今後新たな瓦斯井が掘鑿されるような事態が発生すれば格別であるが、これまでに本件敷地内に於て掘鑿された程度では原告はこれを忍容すべきものといはなければならない。即ち被告の訴外会社に対する本件瓦斯井戸の掘鑿の許容は未だ必ずしも原告に対する賃貸借契約における信頼関係を裏切る意思に出たものと認めるべき証拠もないので、本件の程度の規模で被告が訴外会社をして瓦斯井を掘鑿せしめ、本件土地の一部を使用せしめたことは社会経済上からみて許容されるものである。従つて原告が被告の本件土地の一部の訴外会社に対する無断転貸に基ずき原被告間の前記賃貸借解除の意思表示をしたとしても原告は右解除権の行使について権利を濫用したものというべく、右解除の意思表示は無効といはなければならない。そこで原被告間の本件賃貸借は終了しないものであるから被告の抗弁(3) の事実について判断を加えるまでもなく、賃貸借の解除によりこれが終了したものとして建物収去土地明渡を求める原告の請求は失当である。

よつて原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 望月録郎 大橋進 長利正巳)

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